概要

「印金」は、古代中国に生まれ、室町時代から江戸時代初期にかけて日本へ伝えられた染織品である。当時の日本は、このように物質的、精神的にその後の日本文化に大きな影響を与えたモノおよび考え方を、大陸から積極的に取り入れていた。中国では、技術、嗜好および思想の変化や歴史の流れ、文化革命などの要因により印金の生産が途絶え、現在美術史においては注目を浴びることが稀である。一方日本では、中国から輸入された品は収集、模倣され、現在ではその稀少価値が認められて、茶の湯や表具の分野では、最高級の染織品と考えられている。

しかしながら、印金は一般的にはあまり知られておらず、名物裂の収集家を除くとほとんど研究されていない。一方、歴史家からの注目は限定的ながらも、印金は表具や文化財修理の工房で非常に高く評価されている。こうした現場では、職人や修復師が表装に使用する為に、印金製作を試みている。尚、各工房で使用されている技法は、多くの場合他の工房に伝えられることなく、工房内に限定して伝播されている。

日本で印金研究を行うことは、決して容易ではない。印金は中国に起源があり、日本に残っている作品は日本向けに加工された輸入品である。さらに、情報も多くが二次的なものに限定される。しかし一方で、茶の湯の世界では印金は格別な評価を得、表具の世界では大いに模倣されたため、印金が美術史に与えた特別な影響を研究するという点では、日本は非常に適した場所である。このような背景をもとに、本研究は日本の視点を通した印金研究となっている。

本研究の目的は、まず印金の歴史や技法を学ぶことである。それから、実験的な方法に基づいて印金の製作技法を再現し、公表することである。製作技法の再現においては、以下の2点を目標とした。まず、これらを体験することにより、昔の製作工程を理解することである。次に、現在表装裂や工芸品を製作するために、職人及び、アーティスト、表具師、修復師などへ製作技法を伝えることである。

 

ヴィラ九条山

 

このプロジェクトは、2017年1月から7月までのヴィラ九条山での滞在および活動によって実現された。

ヴィラ九条山は 、ヴィラ・メディチと並び、1992年にアンスティチュ・フランセによって設立された施設で、フランス人、またはフランスに滞在する外国人アーティスト[沓脱巴菜1] や研究者を京都に滞在させ、日本に関連するプロジェクトを進めることを目的としている。ヴィラ九条山のサポートおかげで、筆者は半年日本に滞在し、このプロジェクトに協力してくれた修復師、収集家、学芸員、職人と共に研究活動を進めることができた。滞在期間中には、印金の実物を研究し、ヴィラで製作実験を行った。

 

謝辞

この研究を実現するにあたり、多くの方より多大なるご支援をいただきました。ご協力いただきました皆様に心より感謝申し上げます。

 

研究支援、コレクション公開、専門知識とアドバイス提供、実技指導、素材提供および収蔵品の写真掲載許可をいただいた皆様

 

石井しのぶ MIHOミュージアム 学芸員

今福章代  大手前大学

岩崎奈緒子    京都大学総合博物館 館長

岡興造 岡墨光堂

梶谷宣子 メトロポリタン美術館名誉学芸員(染織品の保存修復師)

小林后子 「目の眼」 記者

鈴木一弘 鈴木時代裂研究所

瀬戸口啓 文化財修復師

土居節子 骨董品屋、茶人

半田幾子、半田昌規 半田九清堂

藤井健三 西陣織物館 顧問

的場あや 文化財保存株式会社

山川曉 京都国立博物館 工芸室長

和田光正、和田行生。

 

印刷作業紹介映像の製作にご協力いただいた

黒宮考平監督

 

当ブログの日本語版編集にご協力いただいた皆様

大窪優子、波多野みゆき、沓脱巴菜、平川智恵。

 

プロジェクトにご協力いただいたヴィラ九条山のスタッフの皆様

平野将人

小寺雅子

メルリオ・クリズテイアン

大江 ゴティニ純子

シャルロット・フーシェ=イシイ

マリオン・ランボー

 

筆者

ヴィオレーヌ・ブレーズ。1983年にパリに生まれ、文化財修復師、染織品専門。フランス国立文化財研究所、2010年に卒業。主にパリに活躍し、フランスの国立や私立なコレクションの保存と修復のために活動している。2009年以降、日本の染織品の世界を注目し、旅、研修、個人的な研究を通して勉強している。